英霊・顕彰

大朝 忠魂碑 及び 戦死陣歿者英名鑑碑

碑文名
忠魂碑  戦死陣歿者英名鑑
建立日
忠魂碑 昭和13年4月在郷軍人会及び町民  戦死陣歿者英名鑑碑 昭和12年7月 昭和31年11月 昭和42年4月
英霊
日清戦争:6柱 北清事変:5柱 台湾事変:2柱 日露戦争:8柱 シベリア出兵:1柱 支那事変:37柱 大東亜戦争:陸軍157柱・海軍55柱 国民義勇隊:4柱 学校報国隊:8柱 女子挺身隊:3柱
解説

大朝運動公園のある丘の西側の広いスペースに、忠魂碑と戦死陣歿者英名鑑碑がある。 忠魂碑は石を積み上げた小山の上にあり、碑文には、拝石・台石・周囲の石を町民が町内より持ち寄り、労役協力し建立したそうである。
忠魂碑の右側には、戦死陣歿者英名鑑として長方形の石碑が10基建っており、 手前に明治時代の戦役の御英霊が、奥に行くに従い、支那事変や大東亜戦争の御英霊、 そして最後に原爆で亡くなられたり、戦後シべリア等に抑留中病死された方々の、 散華された年月・場所・お名前が刻まれている。 大東亜戦争では海軍の御英霊が比較的多い。また自宅にて戦病死された方も数名居られた。国民義勇隊や女子挺身隊のほかに、 学校報国隊というものがあったことを初めて知った。 3キロほど離れた場所に大朝龍山八幡神社 忠魂碑があるが、そちらに祀られている御英霊も、本忠魂碑に祀られているようである。

アクセス

浜田道「大朝インター」から県道5号線を2キロ西に行き、「大朝運動公園」看板の所の橋を渡ると 「忠魂碑参道」という石碑がある。大きな車は、この場所に停めて徒歩で登る方がよい。
中国JRバス 広浜線「松崎橋」230m。

地図