英霊・顕彰

周防大島 戦艦「陸奥」慰霊碑

碑文名
「陸奥之碑」 「若鷲の碑」  
建立日
陸奥之碑 : 昭和38年8月 東和町 陸奥顕彰会 建立                                 若鷲の碑 : 昭和53年6月8日 予科練甲飛11期会生存同期生及び遺族一同 建立 
英霊
陸奥之碑 : 陸奥乗組員 1,121柱                                           若鷲の碑 : 予科練甲飛11期生 361柱(うち陸奥乗艦124柱)
解説

戦艦「陸奥」は大正10年完成、主砲40cmを擁し、のちに「武蔵」「大和」が就役するまで、「長門」とともに世界最高の戦艦であったが、 昭和18年6月8日、12時15分に当地沖3kmの柱島泊地にて突然原因不明の大爆発を起し霧の瀬戸内海に沈没。総員1.471名のうち三好輝彦艦長以下1,121名が亡くなられた。
このなかには、乗艦実習で乗り組んでいた、土浦航空隊所属の海軍第11期甲種飛行予科練習生124名の方も含まれ、「若鷲の碑」として、 その後各戦地で散華された同期生の方々と共に慰霊されている。
昭和45年から8年間、水深40mに眠る船体の引き揚げが行われ、遺骨、遺品及び主砲など艦体の75%の部分が引き揚げられた。 この丘には船首部分、副砲、スクリューが展示されている。また主砲は菊の御紋章とともに江田島の海上自衛隊第一術科学校にある。
隣接する「陸奥記念館」には遺影、遺書や手紙、引き揚げ遺品、陸奥の来歴写真資料が展示されているので、来訪の際は是非お立ち寄り願いたい。

アクセス

山陽自動車道玖珂ICから周防大島東端をめざし国道437号線で約70分 駐車場あり
JR大畠駅より「周防油宇」行の防長交通バスに乗車約70分「陸奥記念館」下車
防予汽船フェリー伊保田港から約800m

地図