英霊・顕彰

大和町 和木氏八幡神社 慰霊碑

碑文名
慰霊碑
建立日
昭和40年4月 和木地区民
英霊
日露戦争:1柱 日支事変:9柱 大東亜戦争:54柱 満州開拓団:111柱
解説

正面右側に「国のため いのちをすてし もののふの 魂や鏡に いまうつるらん」という和歌が刻まれ、 左側には「思うに諸士は過去数次の戦に第一線の勇士として陸海空に転戦し また満蒙開拓の先駆として大陸の 荒野に挺身され ひたすら祖国の興隆発展のため貢献されたが 不幸敵弾にたおれ或は病魔におかされ或は原爆投下により 国難に殉じられた 今や我が国は世界の平和と文化の向上に寄与せんとの悲願に燃え 民主国家として目ざましい発展を遂げ 世界の歴史に新しい一頁を加えんとしている これこそ諸士の尊い犠牲の賜であることを思い感慨ひとしお切なるものを覚える ここに 終戦二十年を迎えるにあたり改めて諸士の偉勲をたたえ 敬弔感謝の誠を披歴するため地区民相計り この聖地に碑を建立し 芳名を刻み永遠に英霊の冥福を祈るものである」とした慰霊のことばが刻まれている。
裏側に御英霊のお名前が戦役毎に刻まれている。また開拓団の方々が非常に多く、9人家族2組を筆頭に大家族のお名前が並んでいる。 各々家族の末尾の子は幼子であったと思われる。彼らに降りかかった不幸と無念を思う時、戦況が決定した終戦の6日前に一方的に中立条約を破り 満州に侵攻し暴虐の限りを尽くしたソ連という国に激しい怒りを感じるとともに、ウクライナ侵攻に見るロシアの姿が全く同じである事に呆れ果てる。

アクセス

国道432号線「三原市白竜湖スポーツ村公園」看板のある所を入り、突き当りの三叉路の中央の坂を登る。駐車場あり。
芸陽バス 河内・甲山線「和木原」500m。

地図